2011年6月30日木曜日

鹿島神宮の役目(日本のパワースポット4)

神社の中ではかなり特殊な部類に入るのがこの鹿島神宮なのですが、一体何が特殊なのかと申し上げますと、皇居と似かよった性質のエネルギーを管理しているということなのです。
本来、神社というものは『神様の出張所』のようなものなので、霊界に非常に似かよったエネルギーに満ち溢れているものなのですが、この鹿島神宮は皆様の世界を形作る物質に霊的エネルギーを馴染ませ、霊と物質のバランスを保つための役割を果たしております。
ですから、体力に自信の無い方や、体調不良の方が訪れるには最適の場所といえるでしょう。
何しろこの神社には、肉体に関する問題を解決するのに適したエネルギーに満ち溢れておりますから。

ご参拝された際に、健康のお守りを授かることで、ご自宅にいながらにして神様のエネルギーを注いでいただけますので、健康に不安のある方は是非お試しいただければと思います。
お守りというものは霊的エネルギーを注ぐための窓口となるものですから、決して気休めになるだけのものではないのですよ。
常に身につけていることで必ず助けがあるものなのです。

ですが、皆様には勘違いをしないでいただきたい事がございます。
エネルギーは確かに注がれ続けることになるのですが、決して奇跡が起こるという性質のものではないのです。
注がれたエネルギーを活かし、回復に向かうのか否かは皆様の物事に対する考え方や捉え方に大きく左右されてしまうものです。
ですが、エネルギー自体は常に注がれ続けることになりますので、チャンスさえ捉えることができれば、皆様の悩みや苦しみは解消されてゆく事でしょう。
あくまでも、問題解決のための道が見つかるなど対応策が明らかになるか、あるいは良い出会いがあるなどの間接的な援助が見込めるというものである事を忘れないようにしましょう。
そのチャンスを活かすも殺すも、皆様の考え方一つで変わってきてしまうものなのですから。

これらの知識が皆様のお役に立てましたならば幸いでございます。
どうもありがとうございました。

(2008年12月7日)





先日、管理人は霊媒Mを伴って、茨城県にある鹿島神宮と、千葉県にある香取神宮を訪れました。
今回二つの神社を訪問した目的として、日本のパワースポットとしての鹿島神宮と香取神宮の存在意義を、実際に現地を訪れた上で霊媒Mに感じ取ってもらうと言う点に加えて、メッセージにもありますが『鹿島神宮で健康のお守りを授かるように』との霊界からのアドバイスを受けた事があります。
さて、神社の存在する意味合いについては、以前伊勢神宮について紹介した【伊勢神宮の役割(日本のパワースポット2)】でも触れておりますが、鹿島神宮は神社の中でも特殊な位置づけにあるようです。
メッセージには『(鹿島神宮は)皇居と似かよった性質のエネルギーを管理している』とありますが、【皇居について(日本のパワースポット3)】で『皇居に満ちているエネルギーは皆様の肉体と馴染みやすく、霊と肉体のバランスを整えるのに最も適した場所といえる』と紹介しておりますように、鹿島神宮のパワーは肉体的な側面により大きな影響をもたらすと考えてよいでしょう。
その際、純粋にパワーの強さでは皇居が抜きんでていると思いますが、鹿島神宮の場合は神社である為、お守りやお札を授かることができるという利点があります。

メッセージでは、お守りの役割について簡単に説明しておりますが、お守りやお札などの役割について、更に詳しい説明をしていただくことによって読者の皆様の理解を深める材料になると考え、以下の点について回答を得ました。


[質問]

メッセージではお守りの役割について簡単に説明していただきましたが、お守りやお札の役割や効果について、また取り扱いに際して気をつけなくてはならない点など、霊的な視点から見たお守りについての詳しい解説をお願い致します。


[回答]

お守りについて詳しくお聞きしたいとのことでございますのでお話させていただきます。

お守りは、神社に祀られている神々の御力を常に身近に感じる事の出来る、とても便利な道具であります。
通常は神社の境内でなければ注がれる事のない御力を、お守りという道具を用いる事で、いつでもどこに居ても注いでいただけるというとても便利な物なのです。
お守りはいわば、携帯式の受信機のようなものなのです。
お札も同じで、貼られている場所や所持しておられる方々に、神々の御力が注がれるための窓口となっております。

ただ、勘違いしないでいただきたいのは、お守りを所持しただけで劇的に事態が好転するなど、奇跡的な出来事が起こるわけではないということなのです。
あくまでも、補助的なお力添えがあるというだけのことであり、皆様ご自身が問題解決に向けて積極的に取り組む事が重要である事を忘れないでいただきたいと思います。
自ら積極的に答えを求め、努力して初めて神々から注がれたお力が活かされるのです。
何もしないで、ただ助けを待っていただけでは、折角注がれている御力も無駄になってしまうのです。
なぜならそのような方々は、折角為になる情報が得られたり、絶好の機会が訪れたとしても、見過ごしてしまう可能性が高くなるからなのです。
皆様ご自身の考え方や心のあり方が、神々から注がれた御力の作用に大きく影響を与えるものであることを忘れないようにしましょう。

これらの知識が皆様のお役に立てましたなら幸いでございます。
どうもありがとうございました。

(2008年12月7日)





お守りについて解説していただきましたが、『あくまでも、補助的なお力添えがあるというだけのことであり、皆様ご自身が問題解決に向けて積極的に取り組む事が重要である』点について、改めて強調しておきたいと思います。
自助努力を積み重ねることによって、神の助力を役立てられるようになるのです。

2011年6月28日火曜日

皇居について(日本のパワースポット3)

皇居のある場所は、遥か昔から地上界と霊界を繋ぐ場所であり、皆様の世界に霊界のエネルギーを注ぐ拠点として無くてはならない特別な場所なのです。
故に、この場所には霊的エネルギーが常に満ち溢れており、皆様にとりましてはとても居心地の良い場所なのです。
この皇居にある霊界との繋がりがある拠点は、首都圏全域を覆うほど巨大な光の柱に包み込まれており、皆様の世界の秩序を護るために重要な場所なのです。

去年よりバチカンも皇居と同じ役割を担うために、霊界側で準備が着々と進められており、いずれは皇居にある拠点共々、皆様の世界の秩序を護るために多くの霊的エネルギーが注がれるようになるでしょう。
皇居においての覡役は天皇であり、バチカンにおいての覡役はローマ教皇となります。
彼らを通す事により、霊的エネルギーが皆様の世界を構成している物質に働きかけやすいエネルギーへと変換されているのです。
これらの覡が受ける霊的エネルギーは、ヒーラーが注ぐそれに質は良く似ておりますが、その量は比べ物にならないくらい膨大なものであり、質もより純度が高く濃密なものとなります。
そのような理由から、皇居に満ちているエネルギーは皆様の肉体と馴染みやすく、霊と肉体のバランスを整えるのに最も適した場所といえるのです。

皇居には、多くの神々も暮らしており、地上界においては神々が住まう場所としてはとても賑わっている場所といえるでしょう。
霊界と地上界を繋ぐ拠点ですから当然なのですが、八百万神々にとりましてもとても居心地の良い場所なのです。
もちろんそのような単純な理由から皇居に集っている訳ではなく、皇居の中の秩序を護るために暮らしているのですが。

神社やお寺などの宗教的な建物がある土地は、どちらかといえば霊界に近いエネルギーに満ち溢れているので、肉体を感じさせないほど霊体を意識させる場所なのですが、皇居を包むエネルギーは、その霊的エネルギーを物質に馴染ませやすくしてあるので、どちらかといえば肉体に馴染む感じがするのです。

皇居の周りにあるお堀のうちと外では、皇居内を護るように薄いベールのような壁で遮られており、必要以上に霊界のエネルギーが外に漏れ出さないようになっております。
なぜかといえば、エネルギーが強い場所というのはその質に関わり無く、多くの存在を引き寄せます。
その結果、地上界のバランスを崩していまう可能性があるのです。
ですから、壁を作る事でエネルギーの流失バランスを保つと同時に、皇居内に入る霊達(人間を含め)を管理しなければならないのです。
ですから、神社などと同じく、その場所に足を踏み入れるということは、神々に招かれている証拠なのです。

招かれた理由は人それぞれですが、その場所に行く事で今後の皆様に必要なエネルギーを得られるのは確かな事なのです。
そのエネルギーを活かすのか、それとも無駄にしてしまうのかは皆様の考え方次第ですが、折角、補給した霊的エネルギーなのですから、是非皆様の生活に活かしていただきたいと思います。

お付き合いいただきまして、まことにありがとうございました。

(2008年11月5日)





先の祝日に、管理人は霊媒Mを伴って、日本最大最強のパワースポット『皇居』を訪ねました。
そこで、霊界から見た『パワースポットとしての皇居』についての解説をお願いしたのですが、読者の皆様の理解を深めていただく為に、追加で解説をお願いした方がよいと思われる点があります。
そこで、以下の質問に対して回答を得ました。


[質問]

覡の役割と、日本の拠点における覡が天皇であることについて、私たち(霊媒Mと管理人)はこれまでに何度も伺っておりましたが、WEBサイト上での紹介は今回が初めてになります。
そこで、読者の皆様へ向けて、覡についての説明をお願い致します。

また、メッセージの冒頭には『皇居のある場所は、遥か昔から地上界と霊界を繋ぐ場所であり、皆様の世界に霊界のエネルギーを注ぐ拠点として無くてはならない特別な場所』とありますが、日本の覡である天皇が現在の場所に移り住んだのは明治時代になってからであり、皇居となってから150年程度しか経過しておりません。
それ以前は京都や奈良など、関西地方が長い間に渡って天皇の住まいであったのですが、それらの、かつて天皇が住まいとした地域も、現在の皇居同様に霊的なパワースポットなのでしょうか。


[回答]

覡についての説明をということでございますのでお話させていただきたいと思います。

まず第一に抑えておきたいのは、天皇はこの地上界においての覡役であるということなのです。
地上界にあるあらゆる物質に対して働きかけられるように、霊的エネルギーを変換しているのが覡役である天皇なのです。
この覡の能力はヒーラーの能力に似たものであり、そのままでは肉体に働きかける事ができないエネルギーを変換し、皆様の元へとお届けしているのです。
対象が全世界の物質ですから、その質は当然のことながら洗練されたものですし、量も膨大なものとなりますので、ヒーラーとは比べ物にはならないエネルギーをその身に受け、皆様の元にお届けしていることになります。
ですから、当然その役割を担っている天皇は、霊的にもある程度成熟している必要があるのです。
皆様の目から見て天皇が弁えているように思えるのも、より霊的に成熟していることを考えれば当然のことなのです。

今現在、ヨーロッパにおいて真理を求める声が増え続ける中で、日本の覡だけでは賄いきれないほど、多くのエネルギーが必要となる日が遠からず訪れる事は明らかでございますので、バチカンにある拠点を開放し、ローマ教皇に覡役を勤めて頂くために霊界において準備が着々と行なわれております。
このバチカンの拠点は、今後三年程度を目処に完全に開放される予定となっております。
当然ローマ教皇も多くの霊的エネルギーをその身に受ける事になりますから、今現在就任しておられる教皇(=ベネディクト16世)は霊的にもある程度成熟していると考えて間違いないでしょう。
彼以前の教皇は全て拠点を護るためだけに存在しましたが、今の教皇は実際に霊界の活動に参加し、注がれるエネルギーをその身に受ける事を考えてみても、その役目の重要性は良く分かることと思います。
ヨーロッパにお暮らしの皆様の霊的成長は著しく、求めておられる真理もより深いものへと変化を遂げている状況を目の当たりにいたしますと、私どもと致しましてもとても嬉しい限りでございます。

さて、以前天皇の住まいがあった京都や奈良についてでございますが、それらの土地は町全体に霊的エネルギーが満ちており、パワースポットと呼ぶに相応しい場所であるのは確かなのでございますが、皇居とは異なり、どちらかと言えば神社を満たしているエネルギーに近いものがあります。
ですから、霊的な部分に対する働きかけは活発なのですが、物質とのバランスで見ますと少々偏りがちの土地といえます。
霊的なエネルギーというのは、受ける器を持たない方にはどれほど注がれましてもその恩恵に与る事は難しく、見過ごしてしまう事が多いのです。
ですから、その中で暮らしているのにも関わらず、その恩恵に与れない方が殆どなのではないのでしょうか。
ですが、それでよいのです。
何に対しても言える事なのですが、過ぎるのはよくありません。
この土地は少々霊的な方に偏っているので、そこでお暮らしの皆様が物質を求める生活を繰り返す中で、徐々に崩れたバランスが取り戻されてゆく事でしょう。

『何故天皇は最初から皇居がある土地に暮らしてはいなかったのか?』 という疑問をお持ちの方も大勢おられる事と思いますので、そのことについてもお話しておきたいと思います。

明治維新以前の日本の皆様は、伝統を重んじ、その慣習に従って生きてまいりました。
ですから、自由意志を行使する範囲も狭く、自らの意思において自由に行動するというよりは、昔ながらの伝統を護り、その中で暮らすことに疑問を抱く事は少なかったと思われます。
そのため、必要とされる霊的エネルギーの量は限定されておりました。
ですが、外界の文化に接しその目で確かめるうちに、今までの伝統に疑問を持ち、新たな知識を求め始めました。
その新たな知識の求めに伴い、霊的にも注ぐエネルギーを変化させる必要がありましたし、その量も膨大なものになると感じたのです。

維新後の科学の発展のためにも膨大な霊的エネルギーが必要でした。
この点については、勘違いしておられる方が大勢いらっしゃいますが、科学というものは霊界の仕組みを皆様の世界で形にしたものであり、表現されているものは荒削りではございますが 『真理の断片』 である事には間違いないのです。
科学と霊的知識は切っても切れない間柄なのです。【文明や科学が発達することの意義(メッセージ40)】

そのような訳でございまして、天皇も維新以前より洗練されたエネルギーを、かつ膨大な量をその身に受け変換する必要性が出てきたのです。
その結果、霊界との拠点である皇居に移り住む事になったのです。

自ら考え『真理』を確信するためには、より多くの知識が必要です。
その知識を得る手助けをしているのが霊的エネルギーですから、慣習に従うのではなく、自らの意思で選択する方が大勢現れるということは、それだけ多くのエネルギーが必要になるということなのです。

過去の伝統から離れてみる事で、その伝統や慣習などをより客観的に判断できるようになるので、今の皆様は、必要なものとそうでないものを選り分けている最中といえるでしょう。
皆様はいま正に、ただ知っているという状態から、何故必要なのかを理解し、確信しているという状態へと成長を遂げるために大切な経験をしているのです。
大切に護られてきたということは、それだけ価値ある知識として重んじられてきたということですが、何故、価値があると重んじられているのか、その意味を理解していなければ知らない事と大差ないのですから。

そのような訳でございまして、皆様の目から今の世界を見たとき、混沌としているように思われるかもしれませんが、『真理』を確信するために必要な作業の最中でございますので、決して自暴自棄になってしまう事がございませんように。
必要なだけの霊的エネルギーは注がれておりますから、何も心配する事はないのです。

お付き合いくださり、まことにありがとうございました。

(2008年11月6日)





覡の役割や、かつて天皇が住まいとした土地についての丁寧な説明をいただきましたので、更に管理人から解説をつけ加える必要はないでしょう。
ご自身に縁のある神社に参拝して、霊的なエネルギーを補充するのもよいでしょうが、是非機会があれば皇居を訪ねることをお勧め致します。

2011年6月27日月曜日

伊勢神宮の役割(日本のパワースポット2)

神社というものは、この世界を形作るために下りてきた神々が祀られている場所であり、霊界からのエネルギーの通り道でもあるため、鳥居の中は霊界に似通った空気で満たされております。
今現在は、神々が神社を拠点として、地上界のエネルギーバランスを保つために管理しておられます。
その中でも、伊勢神宮のように大きな神社というものは、全国にある多くの小規模な神社のまとめ役も勤めており、霊界のエネルギーが満遍なく行き渡るように重要な役割を果たしているのです。
皆様の世界で言うところの会社組織に例えてみれば、伊勢神宮のように大規模な神社は『本社』にあたり、全国に点在する小規模な神社は『支社』にあたるのです。
このような神々の働きがあるからこそ、この世界は護られ、秩序を保つ事が出来るのです。

ここで、ひとつご注意いただきたいのですが、秩序を保つと申しましても、決して皆様にとりまして不快に思われる事柄がおきないという事ではなく、霊界全体を巡る法則が乱れず保たれるように働いているのだと言う事をご理解いただきたいと思います。
皆様の身におきる事柄は、全て皆様ご自身が選び、招いた結果でございますから、神々に不満を漏らすのは意味の無い事なのです。
ですから決して、上手く行かないからといって神々の存在を否定したり、罵ることの無い様にお願いいたします。

神社に祀られております神々は、皆様を常に見守り、必要な時には霊的エネルギーをその身に補給できるように、皆様を神社へと招いてくださるのですから。
神社へお参りの際には是非このことを頭の隅に思い描き、ご縁が出来た事に喜びと感謝の気持ちで接する事が出来るとよいですね。

神社へお参りの際には、是非『招かれているのだ』と言う事を思い出してみてください。
神々はその力を惜しみなく皆様に注ぎ、温かく迎えてくださることでしょう。

(2008年9月10日)





実は八月の夏休みを利用して、管理人は霊媒Mを伴って『お伊勢参り』に出かけました。
日程が微妙にお盆休みを外れていた為か、事前に予想したほどの混雑にも遭わずに、比較的快適なお伊勢参りができました。
その時の状況を簡単に申し上げますと、メッセージでも触れておりますが、伊勢神宮の外宮/内宮とも霊界の雰囲気を彷彿とさせる空気に充ち満ちていて、まさに神々の住まう場所に相応しい雰囲気に包まれていると、霊媒Mが感想を述べておりました。
以前、春の大型連休の際にも、霊媒Mと共に靖国神社への参拝、そして千鳥ヶ淵の戦没者墓苑を訪れ、その際のエピソードをかいつまんでご紹介しましたが、その時の体験とこの度の体験の印象を比較して、霊媒Mにも得るところが大きかったようです。
それは、メッセージにもあるように、霊界と地上界の接点としての意味合いを持つ神社の代表格であり、神社特有の雰囲気を色濃くにじませている伊勢神宮と靖国神社を比べることにより、いわゆる(伊勢神宮に代表される)一般の神社と靖国神社の違い––靖国神社の特殊性――を改めて実感したのだということでした。
言葉を変えれば、靖国神社は『日本国の行く末に関心の強い霊の宿る場所』であり、一方伊勢神宮は『八百万の神が宿る場所』と言えるでしょう。

なお、『お伊勢参り』の帰途、私たちは名古屋の熱田神宮にも足を運んだのですが、こちらも伊勢神宮同様、地域の拠点的な役割を担う神社に相応しいパワースポットであるようです。

2011年6月26日日曜日

靖国神社と千鳥ヶ淵(日本のパワースポット1)

靖国神社について賛否両論あるようですが、そもそも靖国神社とはどのような働きをしている場所であるのかを知らない方が大勢おられますので、この場を借りてご説明させていただきたいと思います。
まず、何故神社にする必要があったのかについてご説明いたしましょう。
神社や寺院、教会やモスクなど、多くの人々が信仰を寄せる場所というのは、霊界と地上界を繋ぐ窓口となっており、そこから多くの霊的エネルギーが地上界にもたらされているのです。
とは申しましても、直接霊界と繋がっているわけではなく、拠点を通じてエネルギーがもたらされているのですが。
そのような訳で、日本の行く末を慮っておられる方々が集う場所である靖国は、霊的エネルギーの通り道として最適の場所だったのです。
細かい事を申し上げれば他にも理由はあるのですが、ここでは触れる必要性を感じませんので控えさせていただきます。
そこで、皆様が信仰を寄せるであろう神社として存在する事になったのです。

これらの事からも分かりますように、靖国神社は日本を慮る方々が集う日本のための神社といえるのです。
他の神社は神々が祀られているのですが、靖国ではいわゆる英霊と呼ばれている方々が祀られております。
ですが、英霊として祀られている方が全て靖国に集っているわけではありません。
あくまでも、日本を慮っておられる方々が集っているという事を忘れないでいただきたいと思います。
ですから、当然のことながら祀られていない方でも靖国に集い、霊的エネルギーを注ぎ続けているのです。
あくまでも、日本を慮っているか否かという問題ですから、一時期騒がれたような分祀などの考えは無意味なのです。
ご自身の意思で留まっておられる方々ばかりですから。
その事をよく覚えておきましょう。
靖国に集う方々はご自身の意思でその地に留まり、皆様のお役に立ちたいという思いでエネルギーを注いでいるのです。

千鳥ヶ淵(戦没者墓苑)には戦没者のご遺骨が埋葬されておりますが、あの場所は彼らが望んだ平和そのもので満たされており、まるでその空間だけ外の世界と切り離されているかのような清浄なエネルギーで満ち溢れております。
ですから、その場所には癒しが満ち溢れており、心を病んでおられる方にはよい休養の場所となるでしょう。
あらゆる慰めと愛情と平和で満ち溢れている場所だからです。
近くを訪れた際には是非立ち寄ってみる事をお勧めいたします。
暗く沈んだ気持ちがいつの間にか軽やかに晴れ渡っている事でしょう。
なぜなら、彼らの望みはこの世界の平和と、皆様の心が喜びで満たされる事なのです。
ですから癒しの効果があるのです。
戦争でお亡くなりになられた方々が望む事は唯一つ、この世界が愛と慈しみに包まれ、平和と笑顔で満ち溢れる事なのですから。

靖国神社と千鳥ヶ淵の違いは、千鳥ヶ淵に集っておられる方々が穏やかでゆったりとした、まるで異界にでもいるかのような癒しのエネルギーを発しているのに対し、靖国神社に集っておられる方々は、今後の日本が歩むべき道すじに対して積極的にアプローチしている事なのです。
靖国神社を通して、日本の行く末に対して具体的なアプローチが成されているのです。
とは申しましても、皆様の目に見えるものではなく、霊的エネルギーによるアプローチなのですが。

このように、靖国神社と千鳥ヶ淵に集う方々は、それぞれ違う形で皆様を見守り励ましつつ、皆様の成長に必要なエネルギーをそれぞれの立場から注いでいるのです。
もちろん私もその中の一人であり、いつも皆様を見守っております。
ですから、今後どのような試練に見舞われたとしても、決して挫けることなく、皆様ご自身の力を信じてこの日本という国を守り立てていってください。

(2008年5月11日)





これは、先の大型連休中に、管理人が霊媒Mとともに靖国神社と千鳥ヶ淵の戦没者墓苑を訪れたのですが、その際に『霊界から見た靖国神社と千鳥ヶ淵の存在意義(どの様な霊が集っているのか)について説明してもらいたい』との管理人の要望を受けて、後日霊界からもたらされたメッセージです。
もっとも、靖国神社については個人的なメッセージとして、既に断片的な内容が伝えられていたのですが、今回はウェブサイトを通じて読者の皆さまにもご覧いただく目的でもたらされました。

さて、ここからはメッセージの主題である靖国神社と千鳥ヶ淵の戦没者墓苑について、メッセージには触れられていない点について、若干の補足をしておきたいと思います。
まず、靖国神社ですが、メッセージにもあるように、必ずしも靖国に祀られた英霊が集っているのではなく、『日本の行く末を慮っておられる方々が集っている』という点を第一に強調しておきたいと思います。
もちろん、その中には英霊として祀られている方も含まれますし、そうでない方もおられますが、あくまでも祀る側の人間の意向ではなく、靖国に集う霊の意志としてその場所に集っているのです。
一方、靖国神社は英霊を神として祀っておりますので、靖国に集う霊でも未熟な者の中には、『自身が神である』との誤った認識を持つ者もいる——とのことで、そういう意味では靖国が神社であることの弊害も存在するのだ、という点についても認識する必要はあるでしょう。
もっとも、靖国に集う霊の中でも成熟されている方ほど謙虚なのだそうですが。

ここで、このメッセージをきっかけに靖国神社を参拝される気持を持たれた方に向けて、霊的な側面から見た靖国神社に関する情報を、幾つかご紹介したいと思います。
なお、ここでは東京メトロ九段下駅から靖国神社へ向かう順路でご説明したいと思いますが、第一大鳥居の近辺には、上で触れた未熟霊が集団を成しているのだそうですが、大鳥居を潜り、本殿へ向かって参道を進むにつれて、徐々に集っている霊の成熟度が向上して行くのだそうです。
大村益次郎の銅像の脇を抜けて、第二鳥居を抜けると、かなり周囲の雰囲気が清浄になっているとのこと。
ちなみに、霊媒Mが周囲に集う霊の成熟度をどの様に感じているかと言うと、未熟霊の集まる領域では「重苦しい雰囲気で、背後に押し返されるような感じ」で、徐々に成熟度の高い霊の領域に入るにつれて「身体の芯から温まるような感覚で、背中を押されているように足取りも軽やかになる」のだそうです。
そして、靖国神社の中でも霊的パワーの強い場所は拝殿の入り口となる『中門鳥居』の辺りなのだそうですので、靖国神社を参拝された際には、鳥居の辺りに暫く居られることで強い霊的パワーを受け取れるのではないでしょうか。
また、併設されている遊就館では、特に英霊の遺影や、展示物の中でも九七式中戦車からは、多くの霊の存在を感じたと霊媒Mが申しておりますので、お時間があればこちらも観覧されてはいかがでしょうか。
ただし、遊就館の展示物の中でも映像展示などでは、必ずしも靖国神社に集う霊の意に沿わない内容が含まれておりますので、その点には注意が必要です。

さて、ここからは靖国神社からも歩いて行ける距離にある、千鳥ヶ淵の戦没者墓苑についてです。
既にメッセージにも『あらゆる慰めと愛情と平和で満ち溢れている場所』と伝えられておりますが、こちらを訪れた際の霊媒Mの印象も同様で、「とても穏やかで心地好い気分になる。また訪れたい」と申しておりました。
私たちが訪れた時には人影も疎らでしたが、都心の真ん中だというのに墓苑の辺りだけが妙に静まり返っていて、まるで別世界に足を踏み入れたような錯覚に囚われたのを思い出します。

以上、靖国神社と千鳥ヶ淵戦没者墓苑について補足いたしました。

2011年6月21日火曜日

真の平和とは?(広島における原爆被災者の皆様からのメッセージ)

このように、皆様に直接お話させていただける機会をいただけました事にとても感謝しております。
皆様には是非、これから私どもがお話させていただきます『平和』についてよく考えていただき、ご自身なりの答えを模索してみていただきたいと思っております。

今、日本で暮らしておられる皆様の言葉に耳を傾けてみますと、『平和』というものは、争いや摩擦の無い状態を指して語られているように思われるのですが、いかがでしょうか?
確かに、争いや摩擦が無い状態は表面的には『平和』と感じ取れるかもしれません。
しかし、今の日本は色々な問題を抱えているにもかかわらず、隣国との摩擦を避けるためにかなり譲歩をしているように見えるのですが、皆様はどう思われますか?
そのために、日本国民は多大な不利益を被り、国内では不満が噴出しつつあるように思われます。
この状態は、果たして本当に『平和である!』と胸を張って言える状態なのでしょうか?
私どもから見ても、今の日本の状態は決して『平和』な状態とは言えない、まがい物ではないかと思えるのです。

『憲法九条があるから今の平和が保たれている!』と、まるでお題目のように唱えている方々もおられますが、一体どこを見てその様なことを仰っておられるのか、私どもには皆目見当がつかない理屈で活動をしておられるようです。

確かに私どもは戦争により命を失いました。
被害者の中には未来ある若者や子供も大勢おりました。
ですが、今、霊界で共に活動をしている仲間は、誰一人として政府や役人が悪かったとは思っていません。
皆、日本を守る為に必死に生きていただけであり、私どもも共に戦っていたのだと認識しております。

政府や役人を悪者にして、ご自身の義務や責任については全く考えておられない方が、今の日本におられるという事実はとても悲しく、『事実を見ようともしないその無責任な態度こそが罪である』と私どもは考えます。
現在の政府の皆様も役人の皆様も、本当に、懸命に日本と世界の繋がりやこれからの日本のあり方についてよく検討し、実現に向けて努力しておられるように思います。
その事を皆様は良く理解する義務があるでしょうし、協力してゆく責任が課せられていると思います。
だからこそ、日本国民であるからこその保護や権利と言うものが国から与えられていると思われ、選挙権などもその『権利』の部分に含まれるものであると思います。
よって、選挙権を有するという事は、『日本人としての義務や責任を果たすという約束のもとに与えられる特権である』と私どもは認識しておりますが、皆様はどうお考えになりますでしょうか?

確かに、今の日本は戦争をする事もなく、一見平和であるかのように見えるのですが、実際は、事実から目を背け『平和であると思いたい』と言う希望や、『責任を負うのは面倒である』と言う堕落した考えのもとに成り立っている解釈のような気がしてならないのですが、いかがなものでしょうか?
実際の日本の現状をよく観察してみれば、そんな悠長な事は言っていられない状態である事が良く理解できると思います。

皆様は一体、日本をどの様な未来へと導くつもりなのでしょうか?
そこの所をよく考え、過去から現在、そして未来へと日本の姿を思い描き、実現に向けて現実的な活動をする必要があるのではないのでしょうか?
それこそが保護と権利を与えられた国民の義務であり、責任であると思われます。
政府や官僚の揚げ足取りばかりしているのでは、日本は良くなるどころか崩壊してしまうでしょう。
皆様はそこの所をよく反省し、考え方を改めなければなりません。

少々話が本題から外れてしまいましたので、戻したいと思います。

今の日本は、隣国から不当な要求を受けているにもかかわらず、自らが譲歩する事で国家間の摩擦を避けているように見受けられますが、その様なことをして摩擦を避け続けても本当の意味で『平和』な状態を築く事はできません。
互いの意見を戦わせ、議論を重ね、互いにとって納得のゆく落としどころを模索する必要があります。
どちらか一方が例え全てでは無いにしても、殆どを受け入れるようなやり方では、真の平和は訪れる事はなく、相手を増長させてしまい、かえって自らの首を絞める結果となるのです。
真に平和的な関係を望むのであれば、価値観の共有化は不可欠であり、それ以外に実現の道は無いでしょう。
この、価値観の共有化の為に、現在の政府はとても努力しているように思います。
皆様には、是非、今の政府がどの様な事を実現しようとしているのかをよく勉強し、協力して行けるようになっていただきたいものです。

今の日本の状態を観察しておりますと、努力をしている方々が蔑ろにされ、支援者がまだまだ少数であるように見受けられましたので、現在の政府に対する記述が多くなってしまいましたが、ここでお話した事は私どもの思いであり、願いである事に間違いはございません。

今回、私どもも、天皇陛下(明治・大正・昭和)や靖国の英霊の皆様が今霊界で行なわれている活動にご協力させていただく事になりました。
今後も皆様にお話させていただく事があると思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
因みに、このメッセージは、今回天皇陛下や英霊の皆様の活動にご協力させていただく事になりました、広島における原爆被災者の集団の考えに基づくものであり、他の場所で活動しておられる原爆被災者の皆様や、今も日本にお暮らしの被災者の皆様の考えは含まれておりませんので、ご了承くださいませ。

最後まで私どものお話にお付き合いいただきまして、まことに有難うございました。
一日も早く世界が平和になる日が訪れますように。

(2009年7月10日)





私たち(霊媒Mと管理人)の私的な事情により、更新の時期がかなり遅れてしまいましたが、去る(2009年)5月の大型連休を利用して、私たちは広島を訪ねました。
高速道路が『一律千円キャンペーン』で混み合う中、首都圏から新幹線で四時間程度の快適な旅だったのですが、この度広島へ赴いたのは単なる旅行とは別の目的があったのです。
その目的の一つには、「広島に原爆が投下された当時の被災者の霊である」と名乗る皆様のお招きを受けた事があります。
更には、このところ霊媒Mに対して頻繁に通信をお送り頂いている『昭和天皇と名乗る霊』より、「原爆の被災者となられた方に是非とも言葉を掛けたい」とのご意向を示されましたで、以前【覡としての天皇の役目】や、【皆さんに知っておいて頂きたいこと】でご紹介したエピソードと同様に、昭和天皇霊のエスコート役を務める目的も兼ねておりました。
被災者の霊の皆様には大変お喜び頂き、「生きている間は自分の目でお姿を拝見することも叶わぬと思っていたのに、亡くなってからこの様な形で天皇陛下にお目にかかれるとは思いませんでした」という感想を述べた方もおられたようです。
なお、メッセージの最後に述べられておりますが、この度被災者の霊の皆様と霊媒Mの間に“道をつけ”ましたので、今後広島の被災者の霊の皆様からの通信をご紹介する機会も度々訪れることと思います。

また、今回の旅行では新たな試みにも挑戦して参りました。
広島で原爆の被害に遭われた皆様の話を伺い、また被災した当時の面影など完全に払拭されたのではないかと思えるほど、地域の中核都市として見事に復興を遂げた現在の広島を見て、一体どの様な感想を抱いたのかを、この場所に馴染み深いある人物の霊に伺うという試みでした。
その人物とは、広島に原爆を投下する命令を下した、大東亜戦争当時の米国大統領です。
その際には、霊媒Mを通じて『トルーマン大統領の霊』を指名してご登場願い、原爆と広島に関する話や、米国の霊界事情(生前アメリカ人として生きた方が、死後どの様な活動をしているのかなど)について、興味深い話を伺うことが出来ました。
今回のメッセージとは趣旨が異なりますので差し控えますが、いずれ別の機会に公開できればと思います。(『銀の紐』にて、記事【トルーマン霊との対話】として掲載)

2011年6月20日月曜日

日本国が目指した未来(明治天皇・大正天皇・昭和天皇と名乗る霊からのメッセージ)

『台湾の方々に対してのメッセージを』との要望がございましたので、台湾統治時に私どもが抱いておりました、台湾を含めましたアジア地域全体の未来像というものについてお話させていただきたいと思います。

そのお話をさせていただくためには、まず、当時のアジア地域の方々が、欧米諸国の方々によって、どの様な立場に置かれていたのかを知る必要がございます。
勤勉な皆様には、既に良くご理解いただけているものと思われますが、当時アジア地域は欧米諸国の植民地として大変苦しい生活を強いられている状態でございました。
人として扱われなかった事も多々あると伺っております。
私ども日本人も、欧米諸国の方々から見たときに、『蛮族』という位置づけにあり、対等に見られていないのは明らかでございました。

もちろん、欧米諸国の全ての方がそのように酷い方々であったという訳ではございません。
個々の方々によって、様々な考えを持っておられた事でしょう。
ですから、欧米諸国の方々が全て同じであったと考えるのは、今後、世界の中の一国として日本国が参加してゆこうとする時に誤った答えを導き出しかねないので、事実は事実として、良い事も悪い事も冷静に受け止められるような柔軟な姿勢が必要となってまいります。
どこに生まれ暮らしていたとしても、心優しい方もいらっしゃいますし、逆に犯罪に手を染めてしまうような方もおられるものです。
ただ、一国として見たときに、より大勢の方が常識として考えている事が、その国の国民性として他国の方々に認知されるようになってゆくのです。
そこの所を常に頭に入れておく必要があるでしょう。

さて、話が少々逸れてしまいましたので、戻したいと思います。
そのような、多くの事情がございまして、日本国としてはまず、欧米諸国に『対等に付き合える国』として認めていただけるように、文化的にも政治的にも、そして軍事面や技術面でも早急に近代化を施し、彼ら欧米諸国に追いつく必要があったのです。
そのような努力の甲斐もあったのでしょうか、日本国はある程度認められつつあるように見受けられました。
ですが、やはりどこか、越えられない一線というものが存在していたように思います。
越えられないというよりは、『越える事を許されない』というほうが正しいかもしれませんが…。

日本一国で、欧米諸国と渡り合うには少々無理がありました。
長期的なことを考えて私どもは、アジア地域の方々と協力して、世界の一員として欧米諸国に認めていただけるようになることが一番良い方法であると考えました。
その一環として、日本国による台湾統治や韓国併合などが執行される事となったのです。

ただ、事を急くあまりに、『現地の皆様のご意向を充分に酌んで事を運ぶ』という配慮に欠けてしまい、私どものやり方を押し付けてしまっていたように思います。
その事に関して、大変申し訳なく思っております。

私どもが目指していた未来は、全ての国々が等しく参加し、共に世界の一員として、この世界を形作ってゆける世界秩序を気付き上げることにありました。
一部の方々による偏った支配意識は、やがて世界を歪ませ、秩序は崩壊し、いずれは立ち行かなくなってしまう事が目に見えて明らかであったからです。
そして、それを欧米諸国の皆様に認めていただくには、近代化した国の実現が必要であると考え、アジアに対する政策を推し進めた結果、世界の変化とともに大東亜戦争に突入し、アジア各国の皆様にも日本国民の皆様にも、多大な被害をもたらす結果となってしまいました事、大変申し訳なく、この場をお借りいたしましてお詫びさせていただきたいと思います。

この世界の中の一員として生を受けた以上、皆等しく尊い命である事は明らかであります。
世界中の皆様がそのような考えを常識としてとらえ、平和で安定した日々を送れる世界を一日も早く実現できるよう、私どもも精一杯尽力してゆく所存でございますので、どうか皆様も諦めることなく努力し続けてください。
いつか必ず、その努力が実を結び、大輪の花を咲かせ、大勢の皆様の笑顔で溢れる日が訪れることでしょう。

最後に台湾の皆様へ一言お伝えしたいと思います。
統治時代を経る事により、台湾の皆様の人生に大変大きな影響を与えてしまう事となりました上に、最後まで責任を持つ事も出来ず、大変申し訳なく思っております。
皆様、様々な思いを抱いておられる事でしょう。
ですが、そのような中にあっても、日本国を慕い、愛情を抱いていただいている事にとても深い感銘を受けました。
台湾国民(※)の皆様と日本国民が、今後良い関係を築き、共に良きパートナーとして協力してゆける日が一日も早く訪れますように、私どもも非力ながらご支援申し上げてゆく所存にございます。
どうぞ、諦めることなく、皆様ご自身が信じた道を歩んでください。
明けない夜はありません。
そして、夜明け前が一番暗いものなのです。
今、台湾の皆様は大変苦しい状況に置かれておりますが、必ず、日は昇る事を忘れないで下さい。
誠実な行いには誠実な結果が訪れ、不実な行いには不実な結果が訪れるのです。
どうかそのことを忘れないで下さい。
皆様の上に常に平穏と癒しがありますように。

長い時間お付き合いいただきまして、まことに有難うございました。

※ 私どもは、世界情勢がどうあろうと、台湾を一国として考えております。
  そのため、『台湾国民』と表現させていただきました。

(2009年4月28日)





この度、歴代の天皇陛下を名乗る霊より、台湾国民の皆様に向けてのメッセージを頂くことになった経緯を、簡単にご説明致します。

先日、NHKにて放送された番組『JAPANデビュー』において、台湾の近代史を取り扱った放送がありましたが、その内容が「日本は当時の台湾に対してとても酷いことをした」という偏った視点のみから描かれており、近代の日台関係を著しく歪めてしまっている——との批判が上がっていることに関係します。
これまでの日本が辿った歴史的な経緯や、周辺諸国との関係から、日本の近代史は今なお『歴史問題と称した政治問題』として扱われており、国内でもなかなか見解の一致を見ない繊細なテーマだと思います。
またNHKは、日本の近代史について、「日本は当時のアジア諸国に対してとても酷いことをした」という一方的な視点で描いた番組を、従来より度々放送して来ましたが、今回は番組に出演し、日本の統治時代の経験についてのインタビューを受けた台湾人の方々ご自身から、「放送された番組は『日本人に酷い扱いを受けた』旨の部分のみを放送し、私たちが最も訴えたかった部分は放送されなかった」と、怒りの声が上がりました。
その様な流れを受けて、他局で行われた台湾追跡取材において、実は日本統治時代を懐かしんでいる台湾人の方がかなりおられるという実態が明確に捉えられておりました。

実際に日本統治時代を振り返る台湾のご老人の声を耳にするにつれて、以前【日韓併合に際して抱いた思い】で、朝鮮半島の人々に対して特別の思い入れがあることを表明した明治天皇様ですから、台湾人の皆様に対しても何か特別の思いをもたれているのではないかと推察し、台湾人の皆様に対してメッセージがあればお伺いしたいとお願い致しました。

その要望を受けてもたらされたのが上記のメッセージです。

当初は管理人も想定していなかったのですが、明治天皇様を始めとして、大正天皇様、昭和天皇様の連名でメッセージを頂けましたことは嬉しい驚きでありました。
特に、大正天皇様はこれまでメッセージの発信を控えておられましたので、この様な形で大正天皇様のご意向の断片でもお伝えできることは、誠に喜ばしい限りでございます。

なお、繰り返しお断りしておきますが、上記のメッセージは歴代の天皇陛下を名乗る霊が、霊媒Mを通じてもたらしたメッセージであり、私たち(霊媒Mと管理人)には、その正体が本当に歴代の天皇陛下の霊であるのか、あるいは天皇を騙る別の霊であるのかについて、詮索するつもりはございません。
上記メッセージの送り主が天皇陛下の霊でなくとも一向に構わない——という立場は従来通りであります。
とはいえ、既にメッセージの内容をご覧の皆様には、メッセージの送り主がどの様な存在であるのかについて、大まかには想像して頂けるのではないかと思います。
何よりも重要なのは、メッセージの内容そのものですので、ぜひメッセージを熟読された上で、送り主の意図を汲み取って頂ければと思います。

2011年6月19日日曜日

日韓併合に際して抱いた思い(明治天皇と名乗る霊からのメッセージ)

平成の時代にお暮らしの皆様に是非お伝えしておきたい事がございましたので、このような形でお話させていただきます失礼をお許し下さい。

日韓併合時について語る時、今の日本では一部の方々から『朝鮮半島への侵略や植民地支配』をしたとして、責任を問う声が上がっているようでございますが、実際のところは全く違う目的で行なわれたものでございました。

最初は同盟国として大韓帝国と共同戦線を張り、大陸の脅威に対抗するつもりでございましたが、その願いは叶わず、『併合』と言う形をとる結果となったのです。
彼らに早急に必要だったのは、『安定した生活環境と教育』でした。
あまりにも貧しく、一般市民の皆様は自らの生活で手一杯であり、とても国防の方まで思い至らない状態でしたので、他国の脅威の中にあって国を護り抜くのは大変難しい状態だったのです。

併合当時、私が思い描いていた構想は、朝鮮民族の皆様に充分に教育が行き届き、一般市民の皆様が国というものを意識して考えるだけの生活のゆとりと心構えが出来たところで、主権を復活させ、大韓帝国を同盟国として共に大陸の脅威に対抗するパートナーとして付き合ってゆくつもりでおりました。
ですから、決して、侵略や植民地支配が目的では無かったのです。
そのことを是非ともご理解いただきたく、不躾ではございますが、このような形でお話をさせていただきました。

ですが、なかなか世の中というものは思い描いた通りには運ばないものですね。
当時の決断が結局のところ、今日本でお暮らしの皆様を苦しめる結果となってしまったのですから。
大変に申し訳なく、深くお詫び申し上げます。
今の皆様にどれ程お役に立てるのかは定かではございませんが、及ばずながらも日本の皆様に向けまして、私に出来うる限りの力を注ぎ、この心豊かな日本の皆様を護り続けてゆきたいと思っております。
そして、かつては日本国民として共に暮らしておりました、大韓民国、そして朝鮮民主主義人民共和国の皆様も日本国民同様、私に取りましては我が子も同然の貴い命であると認識しております。
ですから、今は難しくとも、いずれ、未来の子等が共に手を取り合い、良い関係を築いてゆけるようになれる日を思い描きながら、お話を終わらせていただきたいと思います。

私事にお付き合いいただきました事に、とても感謝しております。
皆様が常に慈愛と平和の中にあり、心穏やかに過ごす事ができますように。
誠に、有難うございました。

(2009年1月9日)





こちらは【明治神宮について】でご紹介したように、霊媒Mとの間に道をつけられた『明治天皇と名乗る霊』より、後日賜ったメッセージとなります。
以前、『昭和天皇と名乗る霊』より賜ったメッセージ【平成の時代を生きる日本国民の皆様へ】を拝読した時にも感じましたが、歴代の天皇を名乗る霊が共に『現代の日本の手足を縛っている厄介な歴史問題』に関心をお持ちなのには、それなりの理由があるような気が致します。
このメッセージについては、日韓併合に肯定的・否定的双方の立場に立っておられる方にとって、心揺さぶられるものがあるのではないでしょうか。
国家の政策というものは、国家の指導者一人の思いによって自由に動かせるほど生やさしいものではありませんので、日韓併合に関しても明治天皇の思いのままに進められたわけではないでしょう。
しかし、少なくとも明治天皇ご自身に『朝鮮半島への侵略や植民地支配』の意図はなく、かつて一時期は日本国民であった朝鮮民族の皆様に対しても、日本国民に対するのと同様に特別の思い入れをもたれており、その思いは当時から現在に至っても揺らぐことはないのだという、明治天皇霊の深く広い慈愛の心が感じられるのではないでしょうか。

現在の日本国民にとって朝鮮民族の方は『厄介な隣人』という印象が強く、また『日本人拉致事件』や『竹島問題』を始めとして、「相手が日本でなければとっくに戦争になっている」とも言われる実害をもたらしている当事者なのですが、この『厄介な隣人』に対応するに際しても、「理不尽な行為には断固とした処置」を心がけつつも、明治天皇霊の思いを心の内に留めつつ、常に冷静に対処したいものです。

なお、これまでにも度々申し上げておりますが、『明治天皇を名乗る霊』の正体が本当に明治天皇であるのかについて、私たち(管理人と霊媒M)には追及するつもりがないことをお断りしておきます。
送られたメッセージの内容から送り主の“人となり”を想像すれば、それがどの様な相手であるのか見当をつけることが出来るでしょう。
このメッセージのご覧の皆様には、メッセージの送り主がどの様な存在に感じられましたでしょうか。