2011年4月28日木曜日

他人の意見を冷静に聞けない方へ(メッセージ49)

『なかなか他の方々の意見を冷静に聞く事が出来ない』という方々に、お話したいことがございます。

ご自身とは別の意見を持っておられる方に対し、『否定された』や『拒絶された』あるいは『馬鹿にされた』、『嫌われた』、『攻撃されている』などと思ってしまってはいませんか?
相手の方はそのようなつもりは無いのに、そのように思えてきて、それ以上聞くことが恐ろしく、あなたご自身が相手の方を拒絶してしまい、その結果関係が悪くなるということがあるのではないでしょうか。
否定されると思うと恐ろしくて、ご自身を守る為に相手の方を突き放し、きつく当たってしまわれてはいませんか?
それでは何時まで経っても相手の方と良い関係は築けませんし、何より何時までも理解することも、理解されることも叶わないという結果になってしまいます。
それではあなた方の霊的成長が損なわれてしまいます。
何故かと申しますと、ご自身と同じような考えを持つ方や、賛同していただける方としか付き合わなくなってしまうからです。
よって、他の考えに接する機会が減り、気付ける事柄も限定されてしまうのです。
もし、家族や会社に考えのあわない方がいたとしても、ご自身で拒絶してしまうので結果的には上記と同じことになってしまうのです。

本当にあなたは嫌われてしまったのですか? 本当にあなたは否定されているのですか? 本当に馬鹿されているのでしょうか? 本当に敵意を向けられているのでしょうか?
時間をおいて冷静に考えてみる必要があります。
相手の方は、あなたと親しくしたいと思っておられるかもしれません。

これらの思いが皆様の心を支配してしまうのは、因果が生じている結果と考えられます。
それは今生においてかもしれませんし、前世の記憶によるものかもしれません。
以前の通信で因果について詳しくご説明させていただいておりますので、そちらもあわせてお読みいただき参考にしていただければと思います。
今のままでは理解されず苦しいだけだと思いますので、是非これらの通信について考えてみてください。

皆様が、恐怖や苦しみから解放され、本当の幸せを感じられますように。

(2007年12月29日)





メッセージでは因果について言及しておりますので、メッセージ38を参考にしながら、あなたがそのように思ってしまう理由について考えてみましょう。
もしあなたが本当に嫌われたり、否定されたり、馬鹿にされたり、敵意を向けられていると感じているのであれば、それは以前あなたが誰かに対して行なった行為の結果かもしれません。
つまり、あなたは以前そのような行為を犯してしまったために、誰かをひどく傷つけてしまった――その行為を後で悔い改めようとしたのでしょうが、その贖罪意識が強く作用している為に、今度は『自分がその様な目に遭うのではないか?』と、逆にありもしない被害妄想に悩まされるようになってしまったとは考えられないでしょうか。
人間、そして霊はそれぞれが独特の個性を持っているのですから、他の人が全てあなたと同じことを考えているわけではありません。
しかし、自分とは違う考え方、違う見方の方々との接触を通して、それ以前には得られなかった新たな経験を積むことができるのではないでしょうか。
そして今までの自分にはなかった新たな知識と経験を吸収する行為こそ、私たちが生まれた目的である『霊的成長』につながるのではないでしょうか。
どうか勇気を持って、あなたの成長のための第一歩を、私たちとともに踏み出してみませんか。

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