2011年4月29日金曜日

結婚をしないまま子供を出産すること(メッセージ57)

今日は、結婚せずに子供を出産することについてお話したいと思います。

先進諸国といわれる国々にお住まいの皆様は、少子高齢化の波に押され危機感を感じていることと思いますが、まず『何故、産まれて来る子供の数が減少しているのだろうか?』と、考えてみる必要があると思われます。
原因としては、経済的なこともあるでしょうし、個人の時間を大切にしたいというご意見もあるでしょう。
結婚しないで仕事をしておられる方もいらっしゃるようですね。

どのような選択をされても個人の自由ですから、ご自身の行動に責任を持っておられるのであれば何も問題ないことなのですが、結婚せずに子供を産む、いわゆるシングルマザーとなると話は少々変わってまいります。
子供を産むとお決めになりましたなら、その子が成人し、ひとり立ちをするまで責任を持って育ててゆく必要が生じてまいります。
人を一人育てるのですから、中途半端な気持ちでは面倒見切れません。
子供をほっぽり出して逃げることは出来ません。
それらの行為は大変無責任な行為なのですから、例え事情があるにせよ、対処法をきちんと考え決断する必要があります。
もちろん、例え結婚していたとしても同じことが言えるのですが、お一人で子育てをする場合は並大抵の努力では足りないと思われます。
何しろ、父親と母親二人分の役割を担わなければならないのですから。
これは大変な作業です。
父親がいないことで子供がさびしい思いをするかもしれません。
私どもと致しましては、特別な事情が無い限りは、このような形でのご出産はお勧めできかねます。
そのようなご出産を望まれておられる方は、『何故この世界には男性と女性が存在しているのか?』、『何故、男性と女性がいないと子を宿すことが出来ないのか?』と、冷静に考えてみる必要があります。
そこには意味があるから、そのようなシステムで皆様の世界は成り立っているのです。
お一人で育ててゆくだけの覚悟はおありですか?
ペットと共に暮らすのでさえ、きちんとお世話するつもりなら大変なことなのですから、ましてや赤子となりますと、それはそれは大変な作業になってまいります。
良いことばかりではありません。
むしろ大変なことのほうが沢山あるでしょう。
思うようにならなくてイラつくこともあるかもしれません。
拘束される時間が増えますし、遊びたくても遊べなくなります。
当然、仕事も今までのようには出来なくなります。
そのようなことをろくに考えもせずに、『寂しいから…』などの理由で安易に妊娠・出産いたしますと、後で痛い目を見ることになります。
ご自身が罪悪感に襲われるだけでなく、子供にも寂しい、辛い思いをさせる結果になるかもしれません。
子供はあなた方の寂しさを埋める為の道具ではないのです。
それ相応の覚悟が必要であるということについて、よく考えてみてください。

さて、パートナーはいるけど結婚はしないで出産するという場合でございますが、当人同士の覚悟にもよるのですが、このようなケースも私どもと致しましてはお勧めできかねます。
籍を入れる入れないは些細なことのように思えるのですが、たかが紙切れ一枚の約束事でも、互いに対する責任感が違ってくるものなのです。
結婚することで家族であるという意識がよりいっそう強くなり、互いに対する責任感がまし、少々のことでは動じにくくなるものです。
結婚はぜずにご出産をご検討中のカップルの皆様には、是非これらの事柄について考えてみていただきたいと思います。

子供の数が減ったからといって、沢山産めばよいというものでは無く、原因をきちんと考え結論を出す必要があるのです。
形にとらわれない出産を奨励しすぎますと、辛い思いをしながら生きてゆかなければならない子供が大勢出てくる可能性があります。
そんなことをして人口を増やしたところで意味は無いと思われます。
皆様それぞれにいろいろな事情を抱えながら子育てされておられますので、一概には言えないのですが、出来ることなら、ご両親の愛情に包まれながら安心して暮らせるご家庭でもって、子育てに励んでいただきたいと思います。

とは申しましても、あくまでもお決めになるのは皆様でごさいますから、どのようなご決断をされましても、決めた以上はやり遂げる覚悟を持って子育てに励んでいただきたいと思います。

(2008年1月18日)





このメッセージは、メッセージ19メッセージ20の内容を踏まえた上で、現代社会に見られる様々な子育ての形についての、霊的視点から見た意味合いについて述べられております。
一昔前の社会とは違って、現代では様々な親子の関係や家族形態が存在しており、そのいずれの形態であっても、比較的寛容に受け入れる社会的な仕組みが整っていると言えるでしょう。
しかし、その様に一見多様な選択肢が用意されている社会にあっても、子育ては父親と母親が協力して行なうのが望ましい――それが霊界側の基本的見解であるようです。
ここで一応念のために断っておきますが、「どの様な事情があれ父親と母親が対になっていなくてはならない」と言うのではなく、個々の事情によって様々な出産や子育ての形があってもよいのですが、単身で子育てをするのは苦労も多く、難しい面が多々あります。
その様な状況下で子供を立派に自立へと導く為には相当な覚悟が必要であることを、特に自らの意志で単身のまま出産・子育てを希望される方に考えていただきたいと思います。
子供はあなたのおもちゃやペットではありません。
途中で嫌になったからと言って、安易に投げ出してしまうわけにはいきません。
それでも、あなたは単身のままで出産や子育てをしたいですか?





メッセージ57-2


先のメッセージに加えまして、代理母出産についてお話したいと思います。

代理母出産をお決めになる皆様は、不妊症の為になかなか子宝に恵まれず、不妊治療を行っても成果が出ない為に、苦渋の末ご決断されていることと思います。
我が子をその腕に抱きたいと思われるそのお気持ちは、とても自然なことだと思います。
ですが、ここは一つ冷静に考えてみていただきたいのです。
『何故私たちには子供が出来ないのだろうか?』、あるいは『私たちは本当に子供を育てあげるだけの素養が備わっているのか?』と、よく考えてみる必要があります。
人によっていろいろなことが考えられるのですが、子供を育て上げられるだけの力も無いのに子供を欲しがる方もいらっしゃいますから、そのような甘い考えではとても子供を育て上げることなど出来ません。
ご自身の成長を考えるのが先です。
あなた方が成長を遂げ、子育てを通して学べる段階まで到達すれば、自然に子を授かることが出来るのです。

もう一つ考えられる可能性としては、あなた方が血縁関係に頼らなくても十分に人を育ててゆける素養が備わっている、すなわちそれだけ霊的成長が遂げられておられるということです。
何故血の繋がった子供を育てる必要があるのかと言えば、そのほうが自然に愛情が芽生え、責任を持って育てやすいからなのです。
したがって、あなた方に子供が出来ないのは、血縁関係にこだわるのではなく、親を必要としている子供たちと接し、愛情を注ぐ中で学び成長出来る段階にあり、本当の家族のあり方を理解する機会が設けられているのです。

そのような理由から、私どもと致しましては代理母出産はあまりお勧めできません。
物的側面にこだわり過ぎたまやかしに過ぎないからです。
まずご自身の足元をしっかりと見据え、『今の私には何が必要なのか?』や『私を必要としてくれている存在がどこかにいるのではないか?』、あるいは『本当に私に子育てが出来るのか?』と、今一度冷静に考えてみてください。
あなた方が今現在置かれている状況の背後にある意味について、よく考えてから決断していただきたいと思います。
血の繋がりにこだわり過ぎるのは、ご自身の単なるエゴなのだということを忘れないでください。

もう既に代理母出産をされた方もおられると思いますが、その為に生じた苦難はあなた方ご自身が引き寄せたものであり、理解しない周りの方々が悪いというわけではないことをよくご理解いただきたいと思います。
少々厳しいことを言うようですが、それらの事柄はあなた方の身勝手により生じた結果なのです。
もしあなた方が苦難に遭われて、子供が悲しい思いをする事になったとしたならば、子供を巻き込み、大変な思いをさせているのもご自身なのだということを忘れないでいただきたいのです。
理解を示さないように思われる周りの方々に対して、決して責任を押し付けることがないようにしてください。
そう思っているのはあなた方ご自身の身勝手な考えによるものなのだということを、よく覚えておいていただきたいと思います。
とは申しましても、せっかく授かった命ですから、代理母出産により授かった子供を育てておられる皆様には是非、どのようなことがあっても挫けずに子育てに励んでいただきたいと思います。

皆様にとりましてはかなり厳しい発言となってしまいましたが、「霊的観点から見ますとこのように考えられますよ」という一つの意見として、参考にしていただけたらと思います。

(2008年1月19日)





管理人は、個人的には「代理母出産は親のエゴに過ぎない」と思います。
もちろん、代理母出産の前段階である「不妊治療」についても同様の見解です。
それから、「血を分けた子でないと愛情を注げない」という認識も誤りです。
ですが、実際に不妊治療をされ、代理母出産に踏み切られた方々もそれなりの苦悩を重ねた上での決断なのでしょうから、それ以上はあえて申しません。
また、その決断が後々どの様な結果を招いたとしても、生まれてきた子供に罪はありません。
苦労を重ねてようやく手に入れたわが子なのですから、このメッセージなども参考にしながら、立派に育て上げていただきたいと思います。

なお、メッセージ57とメッセージ57-2に関連して、これまでの霊界通信でも取り上げられている『中絶についての霊的視点から見た見解』についても言及する必要があると考えましたので、以下の質問に対する回答を得ました。





メッセージ57、57-2に対する質問と回答


[質問]

様々な出産や子育ての形について、霊的視点に基づいた見解を述べていただきましたが、私も基本的にはその通りだと思います。
ところで、メッセージには盛り込まれていなかったのですが、出産に関連して中絶についての見解を伺いたいと思います。
『シルバーバーチの霊訓』には、中絶について『基本的には賛成出来ない』とあります。
人間が生まれる為の準備――つまり魂と肉体との融合は受胎の瞬間から始まっているのであって、中絶は人間として生まれるプロセスを強引に遮断する行為であり、殺人行為に等しいとの見解です。
私も基本的にはシルバーバーチの見解に同意するのですが、メッセージ38(因果について)やメッセージ54(環境問題の本質について)を考慮に入れると、シルバーバーチの説明では物足りない部分がある様に思うのです。
そこで、中絶に対する霊的視点からの見解について、シルバーバーチの説明に何か付け加える点があれば、教えていただけますか。


[回答]

中絶についてでございますが、霊体が肉体に宿るプロセスとしてはご指摘の通りで、私どもと致しましてもあまりお勧めできません。
確かに、因果のために早くに亡くなる方もおられますが、だからと言ってご両親の考え方がいい加減では困ります。
『この子が中絶されるのはこの子自身の因果の結果なのだ』などと、ご自身の都合の良いように考え、安易に中絶の道を選ぶことは、霊的に見ましてもあまり好ましい考え方ではありません。
因果によって死亡してしまう子は、例えどんなに大切に注意して育てていても死亡してしまうのです。
ですから、中絶することと、お腹の子自身の因果を安易に結び付けて考えてしまうのは問題が大きいと思われます。
それらの考えは欺瞞以外の何ものでもありません。
例えどのように短命の子が産まれてきた(あるいは流産する)のだとしても、生きている限りは惜しみない愛情を注ぐ覚悟が必要なのです。

そもそも、ご自身の都合で子の命を軽んじるようないい加減な考えを持った何の覚悟もない方々が、異性と交わりを持つなどあってはならないことなのです。
異性との交わりは遊びではないのです。
互いに対して責任をもつ覚悟を持った方々が、愛情を確かめ合い深める為の行為であり、決して欲望を満たす為だけの行いではないということを忘れないでいただきたいのです。
男女の交わりは欲望の為だけに行われてはならない行為なのです。
それらの行為により何故、子を授かるのかをよく考えてみる必要があります。
そのシステムにはそれなりの理由があるのです。

皆様の暮らす世界では、男女の交わりを持つ年齢が年々低下し、何の知識も覚悟もないまま妊娠し、中絶あるいは産んでも育てきれずに子を悲しませてしまう事例が増えているようですが、皆様が子育てをする時にきちんと男性としてあるいは女性としての最低限の心得を教育していればこのようなことは減るのです。
学校の成績が大切なのではありません。
その子たちが大人になった時、社会の中で自立して生きてゆくための知識と知恵の方が余程大切なのです。
その為には幼い頃から最低限のマナーやルールを守れるように教育しなければなりませんし、不安を感じたり萎縮してしまわないように、たっぷりと愛情を注ぐことも忘れてはなりません。
子は親を手本として物事を学び、行動するための判断材料にすることが多いので、親自身が普段から慎みを持ち、程度をわきまえた暮らしを心がける必要があるのです。
子は親の鏡であり、親は子の鏡であるということを忘れないでください。

少々話がそれてしまいましたので、戻したいと思います。
レイプにより妊娠された場合でございますが、出来れば中絶ではない選択をしていただけると良いのですが、とても愛情をもって育てるのは難しいと思われます。
産んでから里子に出すという方法もありますが、被害に遭われた方ご自身が中絶を望むのであれば、それは仕方のないことと思います。
ご自身の意思で行われたことではないからです。
愛してもいない酷い事をした男性の子を、お腹の中で十ヶ月間育てることを考えれば、苦痛でしかないでしょうから。
もちろん、それらの被害に遭われる方は因果の結果によるものなので、それらのことをきちんと理解して、これからご自身の成すことをきちんと考え、覚悟を決められるのであれば中絶しないことをお勧めします。
どのような形で宿ったのであれ一つの命なのですから。
ご自身で納得できるのであれば、是非産んでいただきたいと思います。

以上のことを考慮に入れた上で、出産や中絶についてよく考えてみていただきたいと思います。

(2008年1月21日)





当初私が意図したものとは別の――シルバーバーチらこれまでの霊界通信で述べられている見解を踏襲する――回答となってしまいましたが、霊界側の意向としては、人間の理解度が不足している状態で、安易に人間の勘違いを誘うような説明をするべきではないと考えたので、あえてこの質問には正面から対応しないのだと理解いたしました。
ですから、中絶についての詳細な疑問点に対しては、現時点ではこれ以上深く立ち入るべきではないと思いますので、当面の間は保留にしたいと思います。

また、この[回答]に添えて、メッセージ57、57-2を補完する追加のメッセージが届きましたので、そちらを紹介してこの項を終えたいと思います。





メッセージ57-3


結婚という形にこだわることを奨励したり、代理母出産という物質にこだわることをお勧めしないという、一見矛盾しているように思えることを何故お話したのかを、先のメッセージに加えましてご説明させていただきたいと思います。

本来ならば、責任をもって行動できるのであれば、結婚という形にこだわる必要はないのですが、皆様の成長度合いを考えた時に、ある程度の約束事が必要であると判断いたしましたので、あのようにご説明させていただきました。
『結婚しても、自分の身勝手で浮気や離婚をする人も多いじゃないか! だから結婚なんて無意味だ!!』と思われる方も大勢いらっしゃると思いますが、良く考えてみていただきたいと思います。
何故、浮気や離婚という決断を下してしまうのでしょうか?
人によっていろいろ理由はあるようですが、私どもの目から見ますと、そのような決断をされる方の多くは、婚姻関係にあるための(あるいは親であるという)責任に耐えかね、己自身を保つことが出来なくなってしまったために、そのような逃げ道を作られたようにしか見えないのです。
これらのことからもお分かりになると思われますが、『たかが紙切れ一枚の約束事』と皆様がお思いの婚姻届には、それだけ大きな効力があると私どもは思うのです。
それは、家族に対する責任の重みであり、とても大切なものだと私どもは考えております。
上記のような理由から、結婚された方が責任感を持ちやすいという意味でお勧めしたのです。
もちろんそのような形にこだわらなくても、きちんと責任をもって子育てをしてゆけるという方に、無理にお勧めしているわけではございませんから、皆様ご自身でよく考えて、より良い方法を探してみていただきたいと思います。

代理母出産に関しましては、先のメッセージで説明が尽くされておりますので控えさせていただきたいと思います。

(2008年1月24日)

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