2011年5月4日水曜日

心から渇望するもの(メッセージ65)

あなたが心から渇望しているものとは何でしょうか?
『地位』ですか? それとも『名誉』ですか? 『お金』でしょうか? 『愛』とお答えになる方もおられるでしょう。
他にも、『知識』や『新たな発見』、『才能』など、人によって様々な事柄を渇望しておられるでしょう。
『現状からの脱却』を望んでいる方も大勢おられるようですね。
この他にも、色々なものを求めている方々がおられるのでしょうね。
このように、一見するとそれぞれに全く異なる事柄を望んでいるように思えるのですが、本当は皆同じものを求めておりながら、その存在を認知できない状況にあるために、心の渇きを癒すための代用としてそれらを求めているのです。
皆様はまだ、その事に気付いていないだけなのです。
ですから、例えお望みの環境や物をその手に掴んだとしても、それらで得られる心の癒しはほんの一時のものであり、またすぐに違うものを求めて活動を始めることになるのです。
これらの活動を繰り返し、『あらゆるものを手に入れたにもかかわらず渇きが癒えない』という経験を通して徐々に霊的なものを求めるようになってゆくのです。
何しろ、皆様が本当に求めておられるものは霊的に成熟した先に存在しておりますので、まずは霊的視野を広げない事には何も始まらないのですから。
私どももまだ、それらの存在を明確に理解出来ているわけではございませんので、ここで詳しいご説明をする事は叶いませんが、霊的に成熟する事で徐々に癒されてゆき、渇きを覚える対象が霊的な事柄に限定されてゆくのは確かなようです。
これらの事から考えますと、皆様も私どもも共に『霊的に餓え乾いている』というのが正しい認識かもしれませんね。
ですが、それを求めた先に何が待ち受けているのかは、まだ私どもにも想像がつかないくらい遥か彼方に存在している事だけは確かなようです。
これらの事柄に決着がつくのはまだまだ先のことのようです。
ですから今は、心が求めるままに渇きを癒してみるのが一番良い方法なのかもしれませんね。
いずれにしても、何事も実体験を通じて、己のものとして確信できる域に達してゆかなければ先に進めないのですから、慌てたところでどうにもならないでしょう?
それならば、ご自身のペースに合わせてのんびりと歩んでゆきましょう。
何しろ、永遠に続いているのではないかと思われるほどの長い道程を旅しているのですから。

(2008年3月3日)





メッセージ65-2


先のメッセージに加えましてお話したい事がございます。

皆様の心の渇きが、例えほんの一時でも癒されたならば、その渇きを癒してくれた物や相手の方に対して自然に感謝の気持ちを抱けるようになった時こそ、霊的真理に対して確信出来る知識が増したと言えるのです。
その癒しは一時的なものであり、またすぐに乾きを覚えてしまうと分かっていても感謝せずにはいられない心の動きは、実はとても大切であり、霊的により成熟するためのステップとも言えるものなのです。
『一時でも乾きを癒してくれた』と感謝するのも、『すぐ乾いてしまって何の役にも立たない』と嘆いてしまうのも、皆様ご自身の心の在り方が反映しているものであり、同じ出来事に対して不幸と感じるのか、それとも幸福と感じるのかは、霊的な成長に大きく関わってくるものなのです。
霊的視野が広がれば広がるほど、ご自身にとってのマイナス面よりもプラスとなる面が見えてくるものであり、それらの現象は皆様の物事に対する考え方の変化により生じていることなのですよ。
身の周りの環境や状況が変化しなくても、皆様の視点が変化する事で、まるで正反対の感情を抱くようになるのです。
決して、楽な環境や状況に変化しているわけではなく、皆様ご自身が変わったために、大した苦しみや悲しみを感じなくなったというだけのことなのですよ。
これらの変化をもたらす事が出来るのは、やはり、実体験に基づき、霊的知識を確信する事であるため、今の状況から逃避してしまっては叶わない事であると覚えておきましょう。
そして、今目の前にある問題は、必ず皆様ご自身で解決できる事柄ですので、時には休憩する事も必要ですが、現実逃避することは苦しみを長引かせてしまうだけである事を知っておきましょう。
皆様が真摯な態度で今抱えている問題に取り組んだ時、必ず皆様の守護霊が援助の手を差し伸べ、前に進むためのヒントを伝えてくれるでしょう。

(2008年3月3日)





このメッセージは、私たち人間が日常生活の中で当たり前に抱くさまざまな願望(または欲望)の正体と、自身の経験を通してそれをコントロールする術を学ぶことが霊的成長につながるのだと言った内容となっております。
以前のメッセージでも取り上げておりますが、私たちがさまざまな願望や欲望を抱くこと自体は、決して否定されるべきではないと考えます。
しかし、その願望や欲望を追求する方法や程度によっては、返って自分自身の霊的成長を阻害する場合があるため、適度にコントロールする必要があるのです。
それと同時に、そういったさまざまな願望や欲望の根本にあるのは一体何なのか――その点について考えを深めることで、きっとご自身の経験を通してメッセージにあるような結論を導き出せることでしょう。
一連のメッセージでも繰り返し、経験を通して確信を得ることの重要性に触れておりますので、ぜひメッセージを参考に実践を通して理解を深めていただければと思います。

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